相続と生命保険金
2017.01.24更新
< 事 案 >
X1(55才、公務員)、X2(50才、会社員)の父A(85才)は昨年末に亡くなりました。Aは、被保険者「A」・受取人「妻Y」とする死亡生命保険に加入していました(死亡保険金3000万円)。Aの遺産には不動産(6000万円)と預貯金(3000万円)があります。
Y(80才)は現在年金暮らしで、足腰が不自由です。A・Yは近所でも有名なおしどり夫婦で、遺産分割協議前まで親子関係にも大きな問題はありませんでした。
昨今、X1、X2及びYとの間で遺産分割協議を行いましたが、X1及びX2は、Yがすでに生命保険金3000万円を受け取っていることから、Aの不動産と預貯金については自分たちが取得すべきと考えています。
このような場合、どのように遺産分割をするのが適切でしょうか。
< 問 題 点 >
① 遺産における生命保険金請求権の考え方
② 特別受益(民法903条)との関係
< 回 答 ① >
1.生命保険金の法的性質
通説判例は、生命保険契約において受取人が具体的に指定されている場合、受取人の保険金請求権は、被保険者の死亡を停止条件として契約成立と同時に発生するものと考えます。
したがって、受取人が具体的に指定されている場合、保険金請求権及び保険金は被保険者の遺産には含まれず、受取人の固有財産になります。
< 補 足 >
ここで、受取人が具体的に指定されているといえるのはどのような場合かについて検討してみましょう。
本事案のように、「妻Y」と受取人が明確に特定されている場合で、かつ、保険金請求権発生当時にYが健在であれば、Yが受取人であることは明らかです。
では、例えば、本事案で、保険金請求権発生当時(A死亡時)に妻Yが夫と離婚していた場合はどう考えるべきでしょうか。
契約者の意思解釈の問題になりますが、判例は同種の事案で、「妻」という表示があることのみをもって被保険者の妻である限りにおいて「Y」を受取人として指定する趣旨を表示したものと解することはできないと判示しています。
では、本事案とは異なり、受取人を単に被保険者の「相続人」とだけ指定して、具体的な氏名を表示していなかった場合はどのように考えるべきでしょうか。
この場合も契約者の意思解釈の問題になりますが、実務的には、被保険者が死亡したとき相続人となるべき者を指定したものと解釈しています。
さらに次のような論点もあります。
例えば、本事案で、Aが受取人を「相続人」とだけ指定している場合、X1、X2及びYが受領する生命保険金の金額はいくらになるでしょうか。
Aの死亡により、生命保険金請求権は相続人であるX1、X2及びYそれぞれの固有財産になりますが、X1、X2及びYが有する生命保険金請求権の金額の割合をどのように考えるべきでしょうか。
一つは、法定相続分に応じて、すなわち、Yが1/2(1500万円)、X1及びX2が各1/4(各750万円)ずつ取得すると考える立場があります。しかし、そもそも、生命保険金請求権はAの遺産に含まれない以上、生命保険金請求権の配分割合について相続分を持ち出すことは論理的に一貫しません。そこで、妻X1、X2及びYはそれぞれ1/3(1000万円)ずつの割合で生命保険金請求権を有すると考えるのが適切です。
2. 本事案における生命保険金請求権の考え方
Aが加入する生命保険契約はYのためにする生命保険契約と評価できますので、Aの遺産には含まれず、Yの固有財産となります。
したがって、X1、X2及びYで行う遺産分割協議の対象となる遺産には含まれないのが原則です。
< 回 答 ② >
1. 生命保険金請求権が遺産に含まれないという結論の妥当性
上記のとおり、Yの有する生命保険金請求権がAの遺産に含まれないと考えた場合、当事者間で協議が調わないとX1、X2及びYは各法定相続分に応じてAの不動産及び預貯金を分割することになります。
そうすると、X1及びX2は不動産について各1/4の持分、預貯金についても各1/4(750万円)ずつ取得します(総額各2250万円)。
他方でYは生命保険金3000万円の他、不動産について1/2の持分、預貯金1500万円を取得することになります(総額7500万円)。
もっとも、X1及びX2の立場に立った場合、事案によっては、上記結論について納得できないケースもあるかもしれません。
そこで、特別受益(民法903条)との関係が問題になります。
2. 特別受益(民法903条)との関係
特別受益者とは、共同相続人のうち被相続人から遺贈又は贈与を受けた者のことをいいます。
特別受益者がいる場合、相続財産に特別受益たる遺贈や贈与を加えたものが相続財産とみなされます。
そして、特別受益者の相続分は、特別受益たる遺贈や贈与を加えた相続財産に対する法定相続分から遺贈又は贈与の価額を控除した残額になります。
仮に、本事案において、Yが取得する生命保険金請求権又は生命保険金が特別受益と評価できる場合、X1及びX2はYに対し、生命保険金請求権を遺産に持ち戻して相続分を算定すべきと主張することができます。
判例は、養老保険契約に保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又は死亡保険金は、特別受益には当たらないと判示しています。
しかし、同判例は、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生じる不平等が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情がある場合には、同条の類推適用により、死亡保険金請求権は特別受益に準じて持ち戻しの対象となると判示しています。
特段の事情が認められるとした裁判例は、保険受取人である妻が取得した死亡保険金額が高額で相続財産合計額の61%に当たり、被相続人と婚姻期間が3年5ヵ月程度であるなどの事情を考慮し、妻と他の相続人との間に生じる不公平が著しいといえる特段の事情が存するとし、民法903条を類推適用しました。
本事案では、生命保険金の価額は3000万円であり、遺産合計額の約33%を占めるにすぎませんし、AとY、X1及びX2との関係性にも問題なく、また、Yは比較的高齢であり、足腰が不自由で今後の生活で特別な費用が必要になることも想定されることから、本事案では、YとX1及びX2との間に生じる不平等が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情がある場合とはいえず、保険金請求権は持ち戻しの対象にはならないと考えるのが適切です。
したがって、遺産分割協議案としては、下記のように分割するのが適切といえます。
X1及びX2 不動産 各1/4の持分
預貯金 各1/4(750万円)
総額 各2250万円
Y 生命保険金3000万円
不動産1/2の持分
預貯金1500万円
総額7500万円
< 勘 処 >
生命保険金については、特別受益の持ち戻しの検討を忘れるべからず!!
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