成年後見・任意後見「認知症の父の不動産を売却できますか?」
2016.06.06更新
< 事 案 >
独居の父は重度の認知症で、身の回りのことがほとんどできなくなりました。家族は全員県外に住み、日常的に父の面倒をみることはできません。父は認知症になる前、「自分のことは自分でやる。ぼけても家族の手は借りない。そうなったときは自宅を売って老人ホームに入る。」とよく言っていました。そこで、家族は、父が居住する不動産を売却したお金で父を老人ホームへ入所させることを計画しました。
上記事案で自宅を売却して老人ホームの入所費用を捻出することはできるでしょうか??
< 問題点 >
・重度の認知症の患者が単独で不動産を売却できるか?
⇒お父様は重度の認知症で身の回りのことをできない状態ですので、不動産の売買といった重大な判断をすることができるのかが問題となります。
< 回 答 >
不動産の売買は売買契約にあたります。売買契約を有効に成立させるためには、売主の不動産を売却する意思表示と買主の代金を支払う意思表示とが合致する必要があります。不動産を売却する場合、コンビニでジュースを買う場合と異なり、重大な判断が必要になりますので、法律上も相応の判断能力を有していることが必要になります。
お父様はすでに重度の認知症のため、現時点で本人が不動産を売却するという重大な判断をすることは困難です。過去にそのような発言をしていたとしても、契約締結の段階でその判断をすることができないため、不動産を売却することはできません。
それでは、不動産を売却するためにはどうしたらいいのでしょうか。
< 対処法 >
判断能力が不十分な場合に不動産を売却するには、法律上二つの方法があります。
A 成年後見制度
一つは、家庭裁判所に後見開始の審判の申立てをする方法があります。家庭裁判所が後見開始の審判をするときは、成年後見人が選任されます。成年後見人は、本人の財産管理や療養看護などを行い、その事務に関して家庭裁判所に定期的に報告することが義務付けられています。
ただ、相談事例では、ご家族が全員県外のため、誰を成年後見人に選任するかという問題があります。成年後見人は、財産管理だけでなく、お父様の生活の面倒をみたり、療養看護をする必要があるため、選任された方に相応の負担がかかります。このような場合、裁判所に弁護士などの専門家を成年後見人として選任してもらうこともできます。
お父様の居住用の不動産を処分する場合、お父様がこれまで慣れ親しんだ自宅を処分することになり、本人の利益になるか否かを慎重に吟味する必要があるため、家庭裁判所の許可が必要です。事案によっては、本人の利益にならないと判断され、不動産の売却が不許可となることも考えられます。
このように、成年後見制度は、本人が事前に準備して設計できる制度ではありません。どちらかといえば、認知症などで本人の判断能力が不十分になった場合に生じる様々な不都合を解消するための制度という側面があります。
B 任意後見制度
もう一つの方法として、任意後見制度があります。
任意後見制度とは、将来判断能力が不十分になったときにそなえて、自分の生活や療養看護、財産の管理に関する事務の処理を特定の者に委託する内容の契約をし、判断能力が不十分になった時点でその契約内容に基づき本人が委託した内容を実現できる制度です。
手続きの概要は以下のとおりです。
① 委託する後見事務の検討
判断能力が不十分になった場合に、療養看護・財産管理に関する事務について、「だれ」に「どのようなこと」を委託するか(代理権を付与するか)を検討します。
② 任意後見契約書の作成
委任を受ける者の了承が得られたら、任意後見契約を公証役場において、公正証書として作成しなければなりません。
公正証書を作成したときは、法務局の後見登記ファイルに任意後見契約の登記されます。
③ 任意後見の開始
本人の判断能力が不十分な状況になった段階で、家庭裁判所に任意後見監督人選任の申立てをし、選任された段階で、任意後見契約の効力が発生します。
※ 任意後見監督人が選任される前であれば、本人又は任意後見受任者はいつでも任意後見契約を解除できます。ただし、解除は公証人の認証を受けた書面によって行う必要があります。
④ 後見事務の監督
任意後見監督人の選任後は、任意後見人は、任意後見監督人のチェックを受けながら、任意後見契約に記載された後見事務を実現していきます。
※ 任意後見監督人の選任後は、本人又は任意後見人は正当な事由がある場合に限り、家庭裁判所の許可を得て、任意後見契約を解除できます。
⑤ 後見事務の終了
本人が後見開始の審判等を受けたときは、任意後見契約は終了します。
相談事例では、お父様が認知症になる前に、例えば長男に不動産の処分や福祉関係施設への入所に関する契約の締結等の代理権を付与する任意後見契約を作成しておけば、裁判所の許可を取らずとも不動産を売却できた可能性があります。
< 勘 処 >
なるべく早く任意後見契約を締結すべし!
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